口凌高校迫真野球部
謎小説N監督は、従来の野球指導法に疑問を抱いていた。一律の練習メニュー、画一的な指導。それでは選手個々の個性を潰してしまうのではないか。彼は、選手一人ひとりが持つ「性(さが)」を最大限に引き出すことを目指した。例えば、周りの声に惑わされず、ひたすらインコースの速球を打ち込むことに喜びを感じる一塁手のM。彼は練習試合で凡打が続いても、そのスタイルを変えることはなかった。監督も彼に「もっと広角に打て」とは言わない。むしろ「その執念こそが松田の持ち味だ」と励まし、彼が自らのバッティングスタイルを追求できるよう見守った。
守備では、天性の勘で打球の行方を予測する遊撃手のSがいた。彼はセオリーとは違う、独特のポジショニングを取ることが多かったが、監督は「直感を信じろ」と声をかける。その結果、彼の予測はたびたびファインプレーを生み出し、チームの危機を救ってきた。もちろん、彼らの「性」が常に良い結果を生むわけではない。凡ミスをしたり、チャンスを潰したりすることもあった。しかし、そのたびに監督は「それでいい。それがお前だ」と語り、選手たちは挫折を乗り越え、より強く、そして自分らしく成長していった。
そして迎えた夏の県大会決勝。相手は伝統的な強豪校であり、徹底したデータ野球と堅実なプレースタイルを誇るチームだった。口凌高校の選手たちは、各々が「おのが性」を爆発させた。松田はフルスイングで放った打球がスタンドに突き刺さり、Sは予測不能なライナーをダイビングキャッチ。ベンチからの指示も最小限に留められ、選手たちは自らの判断と本能でプレーした。それはまるで、一本の指揮棒に導かれるオーケストラではなく、個々の楽器がそれぞれの音色を奏でながら、一つの壮大なハーモニーを創り出しているようだった。
試合は最終回、同点で迎えた。口凌高校の攻撃。バッターボックスに立つのは、チームの主砲、I。彼はこれまで何度も監督に「もう少しコンパクトに振れ」と指導されそうになったが、「俺はホームランしか狙わない」と宣言してきた男だ。監督も「分かった。お前のバットで試合を決めろ」と、彼の意志を尊重した。Iは、監督の期待に応えるように、全身の力をバットに込め、フルスイング。快音とともに放たれた打球は、高く舞い上がり、美しい放物線を描いてレフトスタンドに飛び込んだ。サヨナラホームラン。